リズムデザイン井手健一郎氏、建築家を志すきっかけ、建築家としての仕事のスタンス

その地の人々の暮らし方を、働き方を、そして生き方を良くするデザイン

建築的なスタンスで、建築以外のものをデザインする

初めまして、リズムデザインの井手健一郎です。

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リズムデザインは、福岡を拠点に、都市や建築に関わる設計・デザイン・リサーチなどを行う設計事務所。「Think, seamless.|翻訳的に思考する」をコンセプトに、建築の設計やデザイン、リノベーションの仕事を多く手がけています。

地域でクリエーションに取り組むことに対する私の考え方を書いていく前に、まずは自己紹介を兼ねて、私が建築家を志すようになったきっかけや、建築家としての仕事のスタンスについてお話ししたいと思います。

私は、父が大工、母は建築金物店の娘という完全なる建築一家に生まれ育ちました。幼い頃から父の姿に憧れ大工になろうと思っていたのですが、大学3年生(20歳)の時に建築や設計の面白さに気づくきっかけがあり、建築家を志すようになりました。

2000年春に福岡大学工学部建築学科を卒業後、バックパックを背負ってヨーロッパに渡り、1年間で14カ国・97都市を旅して回りました。各国の建築や街、そこで暮らす人たちの生活に触れる中で感じた「自分たちが暮らす街は、自分たちのものだ!」という空気は、その後の私の活動や考え方を大きく方向づけてくれたように思います。

帰国後、福岡を拠点に活動する2人の建築家に師事し、設計の実務の世界に入りました。

最初に勤めた井本重美さんの事務所では、建築家としての心得のようなものを教えていただきました。井本さんがいつも口にしていた、「建築家が建築を設計するのは当たり前、それ以外のものをデザインする必要がある」「設計やデザインそのものよりも、それを(クライアントなどと)共有することに時間を割きなさい」「自分の価値観でつくるのではなく、まずは相手の価値観に飛び込みなさい」といった言葉は、現在の私のスタンスの根底にあります。

その後に勤めた松岡祐作さんの事務所では、設計のスタディ(検討)を進める時に、リサーチやそのデータ分析に多くの時間を割きました。自分たちの先入観を疑い、正確な現状把握や状況分析を大切にする、「スケッチを描くだけではない設計プロセス」は刺激的で、とても多くの影響を受けました。

そうして設計の実務に関わる中で、建築やデザインに関わる人たちの素晴らしさは、「色や形」を伴って出来上がった完成品(結果としての建築やデザイン)だけでなく、その建築やデザインが完成するまでに辿ったプロセスにこそある、と感じるようになりました。

世の中に存在するデザインの仕事のほとんどがクライアントワークです。設計の仕事も同様で、施主や、その建築・場所を使う人たちのために設計します。

そこには、設計者やデザイナーの存在に先立って、多くの状況や前提条件が存在する。それをどのように読み解くか、プロセスにおける「翻訳の精度」のようなものが、最終的な結果の質に大きく関わると考えています。

しかし、一般的に建築やデザインというと「完成品(色や形)」として捉えられ、「プロセス」はあまり注目されない。そこに問題意識を感じ、「建築的なスタンス(=翻訳的なスタンス)で建築以外のものをデザインしよう」と考え、井本さんの事務所を退職すると同時に「リズムデザイン」の活動をスタートしました。

当初は、高校や大学の同級生とともに、映像やグラフィックの制作を行うという任意参加の“クラブ活動”のような状態でしたが、2004年に独立して自身の事務所を構え、設計活動を本格化しました。

「なぜ福岡を拠点にしているの?」と聞かれるとうまく答えられないのですが、自分が生まれ育った好きな場所ですし、家族や昔からお世話になっている先輩や友人も多くいますし、そのような関わり合いの中で働くことを選びました。

「どこに生活の拠点を構えるか?」や「どこに軸足を置くか?」ということは、その選んだ場所へのひとつの共感の表明でもあると思うのですが、自分の活動や生活、時間を定着させる起点はここ福岡なんだろうな、と思っています。

自分たちの居場所を、自分たちでつくる

リズムデザインでは、設計のスタディ(検討)を進める際、一般的な設計事務所に比べると、とても多くの模型をつくります。

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設計プロセスの早い段階でクライアント自ら描いた図面。rhythmdesign

「プランを変更するたびに、すでにある模型を改造せずに履歴として残し、新しい模型をつくる」ということを事務所のルールとしているので、例えば一つの住宅が完成するまでに、多い時は100個近く、少なくても40~50個の模型をつくります。

私たちがたくさんの模型をつくる目的は、単に設計をより良いものにしていくためだけではなく、「プロジェクトに関わる全ての人たちとの対話のきっかけを探している」といったほうが近いかもしれません。建築の専門者ではないクライアントや一般の方々と対話するには「模型」が一番分かりやすい。打ち合わせのたびに、多くの模型と図面を前に、「ああでもない、こうでもない」と議論します。

2011年に完成した「飯塚の住宅」というプロジェクトでは、設計プロセスのかなり早い段階で施主自ら図面を描くようになり、「施主=委託者、設計者=受託者」という線引きを越えて、一緒に設計を進めていきました。この住宅の完成間際に、施主が「家づくりの過程を共有したことが、家庭や仕事にも良い影響を与えてくれた」と話してくれたことは、とても嬉しい出来事でした。

建築が出来上がる過程を共有し(時には実際に現場でつくる作業も一緒にやります)、設計の楽しさや苦しさ(笑)も共有する。そうした体験を通して、自分たちが暮らす場所の成り立ちを知ることで、「これこそが自分たちの居場所だ!」という感覚を持ってもらえたらと思っています。

また現在、リズムデザインで進行するプロジェクトの50%は、古い建築を残す(既存の構造躯体を残し、意匠・構造・設備などを更新する)リノベートのプロジェクトです。

身近な関わり合いの中から、これまでに10数棟のリノベートに関わってきました。賃貸集合住宅や複合施設、ホテル、オフィスなど、規模や用途は様々で、現在もその多くの建築に継続して関わっています。

毎年、「今年はどのように手入れしましょうか?」という話を繰り返しながら、建築の生かし方を一緒に考えていく様は、建築家と施主との関係というよりも、庭師と施主のそれに近いのかもしれません。最近では、それぞれの地域に存在する建築を見守り、生かし方を考えることは、その地域で活動する建築家(技術者)の責任でもあるな、と感じています。

「デザイン」の魅力や可能性を伝える活動にも注力

私たちの事務所では、独立以来、設計やデザイン、リノベートの仕事と並行して、「デザイニング」という活動を続けてきました。「デザイニング」は、建築やデザインに関わる人たちが「いま、何をデザインしようとしているのか?」ということを、多くの人に伝え楽しむために、2005年より毎春福岡で開催しているデザインイベントです。

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2010年に天神中心部に立地する商業施設「天神イムズ」と共催した企画展「わたしのばしょ」。

事務所を構えた2004年、特に仕事があって独立したわけではなかったので、時間だけはたくさんあった(笑)。そこで、当時インテリアの業界で働いていた友人と2人で始めたのが、このイベントでした。

事務局はリズムデザイン内に設置しており、近年では、さまざまな分野のデザイナーと協働して企画・運営を行ってきました。

リズムデザインの活動を始めた時に感じていた問題意識とも関連するのですが、デザインや設計の世界で働く中で、「つくり手(専門者)が考えている『デザイン』と、それ以外の人たちが考える『デザイン』との間には、少なからず溝があるな」と感じていました。

もし自分の事務所を構えて活動するなら、設計やデザインをするだけでなく、その面白さを「伝える」ための活動も並行してやりたいと思っていました。

より良い街や暮らし、建築やデザインについて、プロ(専門者)やアマチュア(素人)といった線引きをせず、みんなで話し合い、考え、つくっていく……そのような状況を目指して、それぞれの考えや前提を共有するために始めた活動でした。

いざ活動を始めてみると、さまざまなリアクションをいただき、地域ブランディングや企画展の共催、インテリアデザインなど、建築設計以外の幅広いプロジェクトに関わるきっかけにもなりました。

「継続することを目的としない」として始めた活動でしたが、たくさんの方々に支えられ、10年間継続することができました(デザインイベントとして企画運営してきた「デザイニング」は10回目の開催となった今春を最後に一旦活動休止)。

デザインは「生きること」をもっと良くするためのもの

「デザイニング」をスタートした当初は、九州・福岡の情報を外に向けて発信していくことを目的に、活動していたように思います。

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デザイニング展2014のメイン会場 DESIGNING OFFICE

しかし活動を続け、たくさんの素晴らしい人たちや状況に出会う中で、「全ての人はプロの生活者である」という、とても単純な事実に気づかされる機会がたくさんありました。建築を含め、生活に密接に関わるデザインは、デザインの専門家だけのものではないのだと再認識させられました。

2008年以降は、仕事の中でもクライアントと一緒に考え設計を進めていくことをより意識するようになりましたし、「デザイニング」自体も「共に考え、学ぶ」ことができるようなイベントのあり方を考えるようになっていきました。

情報自体がこれほどの量とスピードを持って行き交うようになってきた現在、「時間と場所を共有する」ことで成立するデザインイベントという形式は、とても合理的とは言えない方法論だとも思うのですが、近年では「時間と場所を共有するからこそできること」に重きを置き、すでにそこにある魅力的な場所や人、ものやことを伝えることを模索し、この街で暮らす人たちと一緒にイベントをつくってきました。

例えば今春のデザイニング展では、出展者の中から数名にお願いして、それぞれが拠点を構える地域の「まちの紹介者」になってもらい、その人たちなりの視点で街紹介をしていただきました。

「まちの紹介者」の人たちは、カフェのオーナーや写真館を営む写真家、文房具店の店主やデザイナーなど、それぞれの活動のフィールドは様々ですが、皆さん福岡で独立して仕事をしている人ばかりです。

その「まちの紹介者」をゲストに迎え、トークイベントを行ったところ、そこで交わされた会話はデザインや職能の話を超えて、働き方や暮らし方など、生きることについての対話そのものでした。

世代も活動の分野も違う、建築や計画の専門者ではない人たち同士が、お互いの前提を諒解し、自分たちの暮らす街やそこでの生活のあり方について真剣に対話している状況は、10年前に「デザイニング」の活動を始めた頃には想像すらできなかったものでした。

独立して10年、建築やデザインの仕事、デザイニングの活動を続けてみて、「プロ(専門者)とアマチュア(非専門者)」や「施主(委託者)と設計者(受託者)」などの線引きを越えて一緒に悩み考えること、そのようにオープンでフラットな、多様性を受け入れることができる環境から、新しい建築やデザイン、状況が生まれるとことを実感してきました。

そういう意味では、私自身もひとりの建築家として、技術者として、「ようやくスタートラインに立った」ということが正直な感想です。

これからも生活の手触りを忘れずに、より良い状況や場所、建築をつくることを目指して、トライ・アンド・エラー、コール・アンド・レスポンスを続けていきたいと思います。

この記事はYahooニュースより転載しています

プロフィール

東恩納 尚縁

将来の夢は孫と一緒に暮らすこと。

孫ができた為、将来は娘夫婦と二世帯住宅の夢を持っています。
「住まい」について考えたコラムを寄稿しています。

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